津地方裁判所 平成2年(行ウ)3号 判決
原告
株式会社不二商土地建設(X)
右代表者代表取締役
藤田幸雄
右訴訟代理人弁護士
花井増實
右訴訟復代理人弁護士
鈴木良明
被告
三重県(Y2)
右代表者知事
北川正恭
右指定代理人
泉良治
外一四名
被告
三重県収用委員会(Y1)
右代理者会長
杉浦肇
右指定代理人
泉良治
外七名
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 争点1(不明裁決をしたことの当否)について
1 先ず、本件収用土地の位置、地番、収用手続等の事実関係について検討(証拠は括弧内に記載)する。
(一) 本件収用土地の位置、地番等について
(1) 昭和九年九月、当時の一五番四の土地(山林、約五町歩)は、元番及び一五番一二(約七反)に分筆され、分筆後の同番四の土地はその後も元番及び同番一三ないし一五に分筆された。そして、本件裁決申請等の時点で一五番四の土地(二万一七六六平方メートル)は一八名の共有であった。
右一五番一二の土地は昭和四六年一〇月に第一栄産業株式会社が二分の一の持分を取得し、同社は、右土地と一五番一三及び同番一五の土地を併せて「みどりヶ丘団地」として宅地造成を行った。その過程で、右各土地について、一五番一二の土地が元番及び同番四二ないし六八、一一二、一一三、一二四に分筆され、同番一三の土地が元番及び同番六九ないし九八、一一七ないし一二三に分筆され、同番一五の土地が元番及び同番九九ないし一一〇に分筆された。分筆された土地は、概ね階段状に区画された団地であり、分筆後の元番である一五番一二、一三及び一五の各土地は、団地の道路部分や外縁部ないし残余地という形で残っているものである。
もっとも、みどりヶ丘団地は、造成が一部完成しないまま放置され、平成二年当時において、南東端の造成地の最上段の辺りは、宅地造成等が未整備な状態であり、公図に記載されたとおりの区画割りの形態にはなっていなかった(〔証拠略〕)。
(2) 右用地は三方を山に囲まれた谷間状のところにある造成地であり、その地形から、南東部付近に建築される居宅を地すべりによる災害から守る必要が認められる。そして、地すべり対策工事が予定される本件収用土地の位置は、本件裁決当時の現況においては、団地として一応造成された土地の南東端の造成地の最上段辺りの部分又はこれに接した山腹斜面の土地部分に位置し、平均三七度位の勾配を持った法面になっており、ほぼ幅約二〇メートル、長さ約八〇メートル、面積約一六〇〇平方メートルの区域である(〔証拠略〕)。
(3) 津地方法務局伊勢支局鳥羽出張所に備え付けられた図面には、公図の外、一五番四から同番一三及び一五への分筆の際の堆積測量図(〔証拠略〕)、一五番一二から同番四二ないし六八への分筆の際の所在図及び地積測量図(〔証拠略〕)、一五番一三から同番六九ないし九八及び一一七ないし一二三への分筆の際の所在図及び地積測量図(〔証拠略〕)並びに一五番一五から同番九九ないし一一〇への分筆の際の所在図及び地積測量図(〔証拠略〕)等がある。
しかし、一五番四から同番一三と同番一五にそれぞれ分筆した地積測量図を併せると一五番一二が欠落する形になってしまい、公図とは各土地の隣接関係、形状が大きく異なること、右地積測量図と、一五番四から同番一二を分筆した地積測量図とを比べても、同番一二、一三と同番四の境界の形状が明らかに異なる等、土地の隣接関係、形状が不整合であること等が認められ、現地との対応についても、一部には一五番七一等境界の判明する土地もあったが、前記(1)記載のとおり宅地造成等が分筆どおりの形状になっていなかったことや図面上で土地の形状を確定できなかったこと等により、境界の判明する土地を基準として本件収用土地部分を明確にするには困難な状況にある(〔証拠略〕)。
(4) 右(1)ないし(3)の点を併せ考慮すると、本件収用土地の区域は、みどりヶ丘団地(造成地)の南東側外縁部に当たる一五番一二及び同番一五の土地、登記上分筆されているものの造成が未整備な状態であるため現地における境界が不明な一五番四二及び同番九九ないし一〇四の土地並びに山腹斜面である一五番四及び一四番一八の土地の境界付近に位置し、これらの土地の一部ないし全部を含むものと認められる。
しかしながら、前記(3)のとおり、公図等図面相互間の不整合、公図又は地積測量図と現地との不整合等があり、これらの資料によっては、本件収用土地がどの土地にあたるか、又は各土地の境界がどこであるかについて明確にすることはできないものである。
(二) 本件土地収用の経緯について
(1) 本件事業の執行に当たっていた志摩土木事務所は、昭和六二年九月ころから土地取得のための交渉を行い、地権者に対する説明を行ったり、境界立会いを求める等したが、古くからの地元地権者である鳥谷尾壽一(一五番一二の共有者)は、当時の時点での境界は判らない旨述べて境界の主張及び根拠を提出せず、同じく樋口一虎(一四番一八の所有者)は、一五番四及び同番一二の境界を直線とする公図とは異なる、右両土地に三角形に食い込む形の境界を主張し、境界を確定するには至らなかった。
このように、土地所有者らに現地で立会いを求めても、土地の確定ができないことが判明したため、集団的和解による解決を検討し、平成元年六月ころからは、被収用地の中心と考えられる一五番四の地権者に協力要請をしたが、同地番の共有者が多数いる上、同人らからは同地の一部でなく全部を買収してほしい、公簿面積で買収してほしい等の要望が出されるのみで、境界を確定するには至らなかった。
(2) このため、志摩土木事務所は、集団的和解も困難であると考え、土地収用による用地取得を進めることとし、地権者の立会い等による調査をした後、土地調書作成のため、平成二年四月二七日、関連土地地権者の立会いを求め、土地調書及び物件調書に対する意見を求めた。
前記鳥谷尾を含む立会人らは土地訴有者を不明とする土地調書に署名し、一五番九の所有者は同番八及び同番一三との境界を調べてほしいとの意見を述べ、一四番一九の所有者は同地を調査してほしいとの意見を述べたものの、それらの土地の境界に関する具体的主張や根拠を示す資料は提出せず、関連土地の境界を明らかにする資料は得られなかった。(右(1)(2)につき、〔証拠略〕)。
(三) 本件裁決の経緯について
平成二年五月二九日の本件裁決の申請等から裁決に至るまでの被告委員会による事件処理の経緯は、次に認定するほか、別表「事件処理経過表」記載のとおりである。
(1) 原告は、第一回審理に先立つ平成二年八月八日、被告委員会に対し、本件裁決申請等に関して、損失補償金の他に被収用地の境界確定費用を支払うことを求める内容の意見書を提出し、その理由として、裁決申立の時までに境界が定まらなかったことを認めたうえで、補償金以上の境界確定費用を要することが推測されるので、これをも補償すべきである旨の意見を述べた。
(2) 平成二年八月二〇日、被告委員会による第一回審理が行われ、起業者から、前述のような土地境界確定に関する交渉等についての経緯の説明がなされた。出席した一五番四の地権者らからは、同土地の全部を買収してほしい、公簿面積により補償基準を上回る額で収用してほしい旨の要求が重ねて出されたが、同人らからも境界の位置に関する意見、資料等は提出されず、むしろ、右地権者の一人は、同土地について公図が不正確であること、境界杭の移転が安易になされたこと、実測面積が合わないことなどを供述した。
(3) 平成二年九月三日、第二回審理が行われ、一五番四の土地の地権者から前回と同じ趣旨の要求がなされたものの境界に関する資料等は提出されず、審理は終結された。
なお、原告は、右の第一、二回審理とも出席せず、また、境界が容易に確定できるとの主張ないしその根拠を示す資料の提出をすることもなかったし、現に隣地との境界は当事者間で合意されていなかった。
(4) 以上の経過から、被告委員会は、収用する土地の地番等及び所有者を確知できないとして不明裁決をすることとし、基準点を示した実測図面にY1ないしY22のポイントを表示して右各ポイントを順次直線で結んだ線により囲まれた部分を赤色で着色した図面を裁決書に添付し、裁決の主文において収用し明渡すべき土地の区域は、別紙2「収用し、明渡すべき土地の区域」記載のとおりであり、右図面の各ポイントを願次直線で結んだ線により囲まれた土地(同図面に赤色で着色された部分)である旨を明らかにして、本件裁決を行った。(右(1)ないし(4)につき、〔証拠略〕
2 以上の事実関係に基づき、本件裁決の適法性について検討する。
(一) 収用する土地の区域の特定について
収用委員会は、収用裁決において収用する土地の区域について裁決しなければならず(土地収用法四八条一項一号)、その際、収用する土地の区域を明確に特定しなければならない。
右特定のため、土地の所在、地番、地目及び地積等を表示するのが一般的であるが、必ずしも右方法による特定が要求されているものではなく、収用する土地の区域を実測図面により特定し、これを裁決書に添付する方法であっても、右区域が客観的に明確になるものであれば、特定として欠けるところはないというべきである。
本件においては、前記認定のとおり、基準点を明らかにした実測図面にY1ないしY22の点を載せて収用する土地の区域を表示し、本件裁決書に右図面を添付しており、裁決の主文と右の現地復元性のある図面によって、本件裁決において収用する土地の区域は明確に特定されているものといえる。
また、原告の主張するような収用する土地の区域内の各土地の境界を明示することも、区域の特定のためには必要ないと解される。
したがって、本件裁決において収用する土地の区域の特定が不十分である旨の原告の主張は理由がない。
(二) 不明裁決の当否
(1) 収用委員会は、収用裁決をするに際し、損失補償金を受けるべき土地所有者又は関係人の氏名又は住所を確知することができないときは、右氏名等を不明として裁決をすることができる(土地収用法四八条四項但書、四九条二項)。
そして、土地収用が公益事業を実施するために円滑かつ確実に起業者に土地を取得させるための制度であること、収用委員会は争いのある私法上の権利関係を確定する権限を有する司法機関ではなく、また、収用裁決手続はこのような権利関係を確定することを目的とするものではないことなどに鑑みれば、収用委員会としては、収用の対象となる土地の所有権につき関係人の間に争いがないか又は審理、調査のうえ確実な資料に基づいて明白な心証を得られた場合でない限り、その土地につき所有者不明として収用裁決をするのが相当である。
もちろん、収用委員会は、不明裁決をする前に、その権能の範囲内で事実関係の把握に努め、法律判断を行うべきであるが、裁決における所有権の帰属等の権利関係の認定は、訴訟によって権利の確定を図る場合に比してより簡易なもので足りることは当然であり、裁決の為に通常要求される調査等による資料の蒐集、判断に重大な過誤のない限り、適法と解すべきである。
(2) 本件においては、前記認定のとおり、関連土地が多数に分筆され、その分筆されたときの地積測量図相互ないし公図との間に位置関係、形状等の不整合があること、右地積測量図及び公図と現地との間にも不整合があること、土地所有者らに対する調査によっても、むしろ各土地の境界が定まっていないことが確認され、境界を明らかにする意見、資料が得られなかったこと、原告からの意見書も、自ら境界の具体的主張やその根拠等を示さず、境界が不明であることを前提として起業者の負担で確定してほしい旨を述べるのみであったこと等が認められるのである。
このような状況において、被告委員会が前記認定のとおりの手続を経た上で、本件収用土地の所有権について確実な資料に基づいた明白な心証が得られなかったとして、所有者不明として収用裁決を行ったことは正当であり、同被告が調査、判断等を怠ったものということはできない。
(3) なお、原告の主張及び原告代表者の供述によれば、甲一四号証の図面は法務局備付けの地積測量図であり、これが現地と符合している正確な図面であるから、この図面を基に測量すれば原告所有地の特定が可能であるという。しかし、右図面は作製者、作製時期、縮尺等の記載が一切ない図面であって、その信頼性・正確性に疑問がある上、基準点の記載及び造成地周辺部分の土地記載がないのでその現地復元性にも問題があり、右主張及び供述は採用することができない。
また、原告代表者は、定まっていない境界についても話合いで容易に解決しえたものである旨供述するが、一五番一二の土地と隣接していると認められる一四番一八の土地所有者である樋口一虎が公図と異なる境界を主張する(前記1(二))など、境界が容易に確定できたとは認め難く、また右供述は、解決金を支払う等の紛争解決のための交渉をすることを予定したものであり、現にそのような話合いができていなかったことを認めるものであるから、前記の判断を左右するものではない。
3 よって、被告委員会が不明裁決を行ったことは相当であり、また、本件裁決に至る手続等にその権限を濫用したとの事情も認められないから、本件裁決は適法というべきである。
したがって、原告の被告委員会に対する請求は理由がない。
二 争点2(一)(被告適格)について
被告三重県は、本件損失補償金増額請求訴訟の被告適格について、被告となるべき「起業者」は国であるから、被告三重県は被告適格を欠く旨主張する。
しかしながら、土地収用法一三三条に基づく訴えが補償に関するものである以上、土地収用の経済主体となり、損失補償に関する処分の効果を受ける者が被告になると解すべきである。
本件事業についてみれば、地すべり等防止法において、費用の負担原則を定める二七条により、本件事業の施行に要する費用は被告三重県が負担するものとされた上で、同法二九条二項により、国がその費用の二分の一を負担するものと定められている。
そうであれば、土地収用法一三三条の訴えに関しては、費用の原則的な負担者である被告三重県は、同条二項にいう「起業者」に当たるものとして、被告適格を有するというべきである。
したがって、この点に関する被告三重県の主張は理由がない。
三 争点2(二)(主観的予備的併合)について
また、被告三重県は、本件損失補償金増額請求訴訟は、被告委員会に対する収用裁決取消訴訟との関係で主観的予備的併合に当たり、不適法であると主張する。
そこで検討するに、右両請求の関係は、損失補償額の決定処分を含む収用裁決の取消を求めるものと、右裁決のうちの損失補償額の決定処分に対する不服を申し立てるものであり、いわば全体と一部の関係に準ずると解することが可能である。そして、仮に本件の両請求の場合に併合を認めないとすると、収用裁決の取消を求め、それが認められない場合には損失補償額の増額を求めたいと考える被収用者は、損失補償金増額請求訴訟に三か月の出訴期間の制限があるため、両訴訟を同時に提起しておかねばならないことになる。
そうであれば、仮に主観的予備的併合を否定してみても、損失補償金増額請求訴訟の被告である起業者は、結局応訴の負担を軽減されうるものではない。
また、収用裁決取消請求が認容されれば、損失補償金増額請求訴訟は無意味となり、別訴で訴訟が進行していたとしても続行は不可能となるのであるから、起業者の地位の不安定、不利益の有無等は、併合が認められた場合と異なるものではない。
そして、被収用者にとっては一個の手続で当該収用裁決に関する自己の権利関係を争うことができる利点があること、収用裁決取消請求といわば収用裁決の一部に対する不服である損失補償金増額請求の関連性等に鑑みれば、本件の両請求の場合には主観的予備的併合が例外的に許されるものと解される。
したがって、この点に関する被告三重県の主張も採用することができない。
四 争点2(三)(適正な損失補償額)について
1 収用土地価格の見積りと裁決金額
(一) 本件収用土地の価格算定に当たり、志摩土木事務所は二つの不動産鑑定業者に、事業認定告示の時である平成二年二月二三日における土地の価格について、鑑定評価を依頼した。
株式会社中央鑑定コンサルタントの鑑定評価では、本件収用区域内にある六〇〇平方メートルの土地(屋内町一五番一五の土地の一部)について、土地価格を一平方メートル当たり六七〇〇円と評価し(〔証拠略〕)、同時に、造成地に隣接する二〇〇〇平方メートルの土地(堅神町字和所谷一六三番六の一部)については一平方メートル当たりの価格を三二〇〇円と評価した(〔証拠略〕)。また、創和不動産鑑定有限会社の鑑定評価では、前記の六〇〇平方メートルの土地について、土地価格を一平方メートル当たり六五〇〇円と評価した(〔証拠略〕)。
(二) そこで、起業者である三重県知事は、本件収用土地が現況山林で、急斜面の土地であること等の特殊性を考慮し、右鑑定評価の結果等を参考として、損失補償額を一平方メートル当たり六七〇〇円と見積もった(〔証拠略〕)。
(三) 被告委員会は、裁決の申請を受けて、財団法人日本不動産研究所津支所に鑑定評価を依頼したところ、その鑑定評価の結果は、本件収用区域内にある三六〇平方メートルの土地(屋内町一五番四・一二・一五の土地の一部)について、一平方メートル当たり一八八〇円であった(〔証拠略〕)。
そこで、被告委員会は、右鑑定評価の結果を参考として、本件収用土地の相当価格は起業者の申し立てた見積り額を上回るものではないと判断し、一平方メートル当たり六七〇〇円を土地価格と見て、総面積一六〇七・九五平方メートルを乗じ、更に事業認定告示の時から裁決の時までの修正率一・〇一二を乗じて得た額である一〇九〇万二五四四円を総額補償額として本件裁決をしたものである(〔証拠略〕)。
2 原告は、本件裁決による土地価格は低額に過ぎるものであり、本件裁決の直後である平成二年一〇月二九日時点における本件収用土地付近の土地の価格は少なくとも一平方メートル当たり一万五一二八円であるから、本件土地収用の適正な補償額は本件裁決による補償額の二倍を下らないと主張する。
しかしながら、原告がその証拠として提出する甲三二号証は、原告の所有する本件収用土地周辺の土地に関する平成二年一一月二七日付の国土利用計画法に基づく不勧告通知であって、仮に原告から第三者への右土地売買が実際になされたものであったとしても(〔証拠略〕によれば、平成五年一一月においても所有権移転登記手続はなされていない)、右土地の現況、売買の条件等が明らかでないので、原告の主張する本件収用土地の適正価格を証するには不十分であると言わざるをえない。また、本件裁決による損失補償額が不当に低額であることを認めるに足りる証拠は他に存しない。
そうすると、原告の被告三重県に対する損失補償金残金の請求も、本件裁決による補償額が低額であることを前提とするものであるから、その理由がないことは明らかである。
したがって、原告の被告三重県に対する請求はいずれも理由がない。
第四 以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 窪田季夫 裁判官 新堀亮一 池町知佐子)